時にはそれは風のように



1話


夏焼雅がその細く伸びやかな白い手をいっぱいに掲げた。息を呑むような美しさにはっとなる。会場にゆるやかに流れていた風さえ止まったような気がした。続いてけたたましい大音響が会場全体を包みこんだ。あまりの音に雅の姿さえ見えなくなる、その一瞬の隙をつくように雅が歌い始めた。その歌声が波状になってファンの歓声とともに駆け抜けていく。心をかき乱すような音楽が雅の体から次々に放たれて舞台袖で聞いている嗣永桃子の体をまっすぐに一気に突き抜けていった。

これこそみやの真骨頂だなあと桃子は思う。雅の歌はまるで人の心を遥かかなたにまで引きずりあげていくみたいだ。そして魔法でもかけられたようにみんな雅の歌の虜になってしまう。桃子自身も歌唱力には自信がないわけではない。でも今の雅の力と比べるとまるで別次元だ。雅は、神様から与えられた特別な力を持っていると桃子は思った。

 ふと舞台の対角線上に目を移すと、℃-uteの鈴木愛理が雅の姿をじっと見ているのが見ているのが桃子の視界に入った。

 今日はBerryz工房と℃-uteの対決企画が行われるイベントの日だった。 

桃子が属しているBerryz工房も℃-uteも元々ハロープロジェクトに同時に加入してハロプロキッズとして活動を始めたため全員が同期だった。そのためかBerryz工房と℃-uteはグループとして比較されることも多く、一緒にライブをやったりゲームで対戦したりということも頻繁にあった。周囲からもベリーズと℃-uteはライバル関係とよく言われた。しかし今のところ、夏焼雅という絶対的なエースのいるBerryz工房は人気という面では℃-uteに先行していた。

ただ桃子にとって℃-uteとの対決ははそれほど興味はないことだった。Berryz工房が先にブレイクできたのは℃-uteに勝ったからじゃない。年齢も個性もばらばらなBerryz工房がここぞというときに団結して、みんなで努力してきた成果だと桃子は思う。そして℃-uteも一緒にブレイクするときがきたら、きっとBerryz工房はもっと注目されると桃子は思う。大きく考えたら同じハロープロジェクトに所属する℃-uteもBerryz工房も運命は同じなのだ。

それに桃子がリーダーを務めるBuono!は℃-uteの鈴木愛理とBerryz工房の夏焼雅と桃子の三名のベリキュー混成ユニットだった。桃子にとってBerryz工房もBuono!もどちらかなんて選べないくらい好きだ。そのせいで桃子には℃-uteをライバルだという意識はほとんどなかった。

 「今回もうちらの圧勝だね」

 桃子のすぐ傍にいた菅谷梨沙子が目を輝かせて言った。Berryz工房には夏焼雅以外にもう1枚エース級の歌手がいる。梨沙子は年齢こそ最年少だが、歌唱力や表情の作り方などのパフォーマンスではハロープロジェクトでもトップクラスの実力を誇った。

 「これで勝ったら3連勝だし、もう℃-uteには負ける気しない」

 梨沙子は勝ち誇ったように言う。梨沙子は桃子とは正反対に℃-uteへのライバル意識は相当なものだ。

 「まだ分かんないんじゃない?舞美も結構すごかったと思うけど」

 桃子はわざと言ってみた。

 「はあ?みやが℃-uteに負けるわけないじゃん」

 梨沙子はあからさまに不機嫌そうな顔をする。予想通りの回答が返ってきて桃子は苦笑した。梨沙子の℃-uteへの対抗意識はものすごく強い。とりわけ、雅がステージに立っていたからなおさらみたいだ。梨沙子が雅に対して強い憧れの気持ちを抱いているのは遥か前のBerryz工房の結成以前、自分達が最初に出会ったときからずっと変わらない。Berryz工房はメンバー同士でこんなに一緒にいる時間が長くて、もう隠し事も何もない家族みたいになっている。それなのに梨沙子の雅に対する思いはものすごく新鮮でピュアで、それは雅と一緒にいるときの梨沙子の微妙な表情や仕草の一つ一つから伝わってくる。

 「審査員投票と会場投票合わせて3対0、℃-ute矢島舞美対Berryz工房夏焼雅の歌唱力対決は雅ちゃんの勝利です」

 観客席から一斉に歓声が上がった。

 「やったあ!」

 梨沙子が雅の元へ一目散に駆け寄っていった。これでBerryz工房はこのイベント3連勝だったBerryz工房の勢いは最近になってさらに増している。その中心はセンターの夏焼雅だ。少し前はテレビの出演回数が一番多い桃子がBerryz工房の中では一番知られている存在だった。しかし今では雅のほうが有名かもしれない。そろそろ自分もキャラクターだけでなく、さらに目立つ方法も考えようかと桃子は思った。

ふと喜んでいるベリーズのメンバーを横目に℃-uteを見ていると、また愛理の姿に目が止まった。愛理がステージ横から物憂げに誰かをじっと見つめている。愛理の視線の先には雅と抱き合って喜ぶ梨沙子がいる。それを見て桃子は梨沙子の身に何かが起こるような胸騒ぎを感じた。

 

 

 桃子がBuono!の控え室のドアをノックして開けるとまだ愛理も雅も来ていなかった。今日はテレビ局でBuono!の取材の仕事だった。桃子はさっきスタッフからもらった紙包みをテーブルの上に置いて丁寧に開け始めた。ちょうどテレビ局の廊下でベリーズのスタッフさんがいてBerryz工房のファン感謝特典のメンバーの生写真をもらったのだ。桃子もファンの人がもらう写真がどんなのか見ておきたかった。とりあえず自分の写真を取り出したが、それは横に置いておいて、楽しそうにメンバーの写真を年齢順に並べていく。まず最初に梨沙子、熊井ちょー、みや、すーちゃん、千奈美、自分にキャプテン。桃子はみんなの写真を満足そうに眺めた。そして、みんなで映っている集合写真やペアで映っている写真などもテーブルいっぱいに並べていく。そのとき、コンコンと素早く音が鳴ったかと思うとさっとドアが開いた。ドアの風で写真が少し浮き上がる。

 「愛理?びっくりした!」

 先に愛理の姿を認めて桃子が言った。

 「あ、桃早いね」

 そういうと愛理はテーブルいっぱいに広がったベリーズメンバーの写真に目を落とす。

 「あ、これは、ファンの特典の写真で」

 桃子はしどろもどろになりながら言った。そして写真をを封筒の中に収め始めた。自分ひとりの写真を見つめているときならよかったが、自分が他のメンバーの写真を見ているのは逆にらしくなくて恥ずかしい。

 「いいじゃん。見せてよ」

 愛理はそう言ってメンバーの写真を一枚抜き取った。

 「あ、ちょっと勝手にとらないで」

 桃子はそう言ったが、愛理は取った写真以外の他のメンバーの写真を素早くごちゃごちゃに混ぜて分からなくしてしまった。

 「さあ、クイズです。誰の写真を取ったでしょう?」

 愛理がいたずらっぽい目をして言った。

 桃子はベリーズで愛理が写真を取りそうなメンバーを思い浮かべた。最初は何となく愛理と仲がいい熊井ちょーかみやの写真だと思った。そしてBuono!でいつもじゃれあっている雅と愛理を思い出して雅だと確信した。

 「みやでしょ?」

 桃子がそう言うと愛理は笑って言った。

 「残念。りーちゃんでした」

 梨沙子の写真を見て桃子は思わず意表を突かれた気がした。改めて愛理が見せた梨沙子の写真はほっぺのところにピンクのチークが白い肌に溶け込むように合わさって人間離れしたような可愛さを放っていた。

 「めちゃくちゃ可愛いね。この写真」

 愛理はうらやましそうな顔をして言った。桃子は愛理からそんな言葉を聞くのは初めてだったので何か意外だった。梨沙子が可愛いという話題はベリキューのメンバー間でもよくあるけどそのときの愛理は決まって聞いているだけだ。 それに愛理こそメンバーからもファンからも特に可愛いと大絶賛される存在でもある。

 「まあ私には負けるけどね」

 桃子は肯定の意味でそう返した。愛理は梨沙子の写真をじっと見入っている。桃子はふいにベリキュー対決のときでも愛理が梨沙子を見つめていたのを思い出した。桃子の中であのときの胸騒ぎは再び蘇ってくる。

 「確かにりーちゃんて可愛い。けど可愛いすぎるって罪だよね」

 愛理が言った。

 「まさか愛理、この前のイベントでりーちゃんに負けたのまだ根にもってんの?」

 前のときは大一番の歌唱力対決でBerryz工房の雅が勝ったが、その前に行われたどっちが可愛い対決では愛理は梨沙子に負けて、結果Berryz工房の圧勝に終わっている。

 「さあねー」

 愛理は人事のように言う。

 「でも罪があるってことは何かで償ってもらわないとねー」

わざと軽く言っているような愛理の言い方が、あまり冗談にも思えない雰囲気があった。

 「ちょっと愛理、まさか梨沙子に何か仕返しするつもりじゃないよね?」

 桃子はだんだん不安になってきた。梨沙子と愛理はハロプロキッズとして活動を始めた時代からの親友同士だ。梨沙子と雅がその頃からそれこそ姉妹みたいな強い絆で結ばれているとしたら梨沙子と愛理も絶対に揺るがない固い友情で結ばれてきた。梨沙子と愛理の仲が今どうなっているのか全く分からないけど、とにかく愛理にはずっと梨沙子の親友でいてほしいと桃子は思う。

 「いやいや、℃-uteの誰かがそう言ってただけだって」

 愛理は肯定も否定もせず、そう言って梨沙子の写真を見つめた。それでも梨沙子を見つめて爛々と輝く愛理の瞳がきっと何かを企んでいるに違いないということをはっきりと物語っていた。





 雅みたいに℃-uteを寄せ付けない圧倒的な力をもった歌手になりたい。ベリキュー対決が終わって梨沙子の雅への憧れの気持ちは強くなる一方だった。雅はめちゃくちゃカッコいいのに全然それを自慢することもないし、むしろ普段は優しくて女の子っぽいオシャレをしていることばかりが目立つ。梨沙子はそんな雅を見ていると雅のことが好きすぎていっそ雅になりたいと思ってしまうこともある。そんなことを考えながら梨沙子はテレビ局の廊下を歩いていた。

 そのとき、ふと梨沙子の目の前をどこから入ってきたのか外の風が流れてきた。雅のことをずっと考えていた梨沙子の意識がさえぎられた。愛理?同時に梨沙子は真正面の廊下の角に愛理の後姿を残像のように見かけた気がした。一瞬追いかけてみようかと思ったが違う可能性だってある。梨沙子はライバルとして愛理を意識しすぎなのだと思い直した。でも梨沙子にはまだ愛理に勝って雅のようになれる自信はない。そんな梨沙子の後ろから桃子がやってきた。

 「もも、遅いよ」

 梨沙子は、口調だけ尖がらせて言った。それでも梨沙子は桃が相手だと緊張しなくていいので自然と顔が緩む。

 「今、愛理見たような気がしたんだけど、気のせいかな」

 梨沙子が周囲をきょろきょろと見渡して言った。

 「愛理?ああ、今までBuono!の取材の仕事だったからまだその辺にいるのかも。で話しって?」

 「みやのことなんだけど」

 梨沙子は少し聞きづらそうに言った。

 「みやがどうかした?」

 桃子が少し早口で淡白な調子で言った。

 「みやってどんな髪形が好きなのかな?」

 梨沙子は少し恥ずかしそうに言った。桃子は梨沙子の顔を見てすぐにぴんときたみたいだった。

 「梨沙子、髪形変えるの?」

 「うん。ついでに色ももう少し軽くしようかなと思って」

 梨沙子は素直に言った。

 「そっか。それでみやの好みにしたいんだ」

 梨沙子は黙ってうなずいた。

 「うーん。みやの好きな髪形かあ・・・。てかさあ。みやに直接聞いたほうが早くない?」」

 桃子が少しすまなそうに言った。桃子が雅の髪型の好みを特に注目してるはずもないから桃子の答えも当たり前かもしれないとは思った。それでも梨沙子は納得できなかった。

 「やだ。直接聞いたら意味ないもん」

 梨沙子は言った。

 桃子は頭を抱えて考え始めるた。梨沙子はその様子を期待しながら見ている。桃子は梨沙子と二人で話すときだけ普段とは全然違う。どちらが普段なのかはよく分からない。けど桃子はみんなでいるときや楽屋では完璧なぶりっ子キャラを通している。アイドルとして桃子なりの考えはあるんだろうと梨沙子も分かっているつもりだ。でもそんなときの桃子はそれにしてもうざいと思うこともたびたびだった。しかし梨沙子と二人きりのときの桃子は全然違う。

 梨沙子に接するときの桃子は、冷静で自分なりの考え方をきちんともっていて、会話のときこそそっけなく聞こえるけど梨沙子に対してかぎりなく優しい。桃子は梨沙子が相談すると、どんなときでも嫌な顔一つせず相談に乗ってくれた。それに年上だからと威張って自分の意見を押し付けたりすることも全くない。だから梨沙子は二人きりのときに桃子に個人的な相談を持ちかけるようになった。

 「よくキャプテンの髪形、可愛いって言ってたけど」

 桃子は困りながらも言った。

 「キャプテンねえ」

 梨沙子は、最近髪を伸ばし始めた佐紀の髪形を思い浮かべた。でも個性が命のベリーズでキャプテンと同じ髪形はあまりにもおもしろくない。

 「でもみやって梨沙子がしてる髪形だったら何でも好きって言いそうだけど」

 桃子は言った。確かに桃子の言うことは一理あった。

 「でもそんなんじゃやなの」

 雅は梨沙子にとって一番近くにいる憧れの存在だった。オシャレ番長と言われてファッションセンス抜群の雅を見て梨沙子はメイクをしたり髪形とかいろいろ考えるようになった。だから自分が一大決心をして髪形を変えたときには一番最初に雅に見せたかったし、雅に一番可愛いと言って欲しかった。

 「そうだなあ」

 桃子は再び考え出した。梨沙子の前ではにゃんにゃん言葉を使う嗣永桃子はもうどこにも存在しない。桃と話すたびにまさに嗣永桃子は二重人格の人工アイドルだと梨沙子は思う。でも梨沙子はそのことを否定的に考えているわけではなく、桃なりに自分の個性を出しているのだと思っていた。しかし梨沙子には何故桃子が自分にだけこんなに普通の態度で接してくるのかは分からなかった。

 「梨沙子、桃もお昼もう食べるって」

 雅が顔を覗かせて言った。

 「二人とも楽屋戻って」

 雅の明るい声に梨沙子の気持ちが切り替わった。





 「ちょっと、まあ、勝手にあたしのケータイにいたずらしないでよね」

 千奈美の威勢のいい声が聞こえてくる。今日もBerryz工房の楽屋はずいぶんと騒がしかった。

 「いいじゃん。こうしたらおもしろいよ」

 茉麻が千奈美の携帯電話の待ちうけ画面を勝手にいじっている。

 「てかこれ、あたしのおじいちゃんの眉毛の写真じゃん」

 メンバーが眉毛がドアップになった千奈美の携帯を回し見して大笑いしている。

 「おい、須藤」 

 千奈美が茉麻の頭に軽くチョップした。

 それでも昔に比べて随分と静かになったと梨沙子は思う。昔の梨沙子は楽屋でもメンバーとしょっちゅう喧嘩したり、キャプテンやみやに怒られたり、反省したり、また時間がたつと腹が立ったりの繰り返しだった。そして何より小さいときはみんなにテンションがおかしいって言われるぐらい自分が一番騒いでいたような気がする。千奈美の携帯を取り合っていた雅とふいに目が合う。そんな梨沙子が雅から梨沙子って落ち着いてて大人っぽいと言われた。梨沙子に最も影響を与える人の言葉で梨沙子はもう自分が昔とは違うんだなと感じた。

 「そういえば、梨沙子髪型変えることにしたんだっけ?」

 雅は誰かから聞いてきたように言った。梨沙子は雅がそのことを知っていたことに驚いた。マネージャーさんにはすでに伝えていたが、まだみんなには言わないように頼んでおいたはずだった。そして桃子は絶対に雅に漏らさないはずだ。

 「愛理から聞いたよ」

 雅は何でもないことみたいに言った。梨沙子は一瞬にして愛理に髪形を変える事をメールしたことを思い出した。そして愛理に話すんじゃなかったと後悔した。とりあえず髪形を変えるぐらい大事なことは、親友の愛理には話さなきゃいけないという梨沙子の律儀すぎる性格が完全に災いした。そして愛理にこのことはみやにはまだ話さないでほしいなんて自分の心の中を愛理に見られるようでとても言えなかった。

 「最近、愛理とどんな髪形が可愛いとか結構メールしてて」

 雅が話す言葉を聞いて梨沙子は気が遠くなりそうだった。

 「ボーノだとファッションとか髪形とかまともに話せる相手って愛理しかいないじゃん」

 雅は梨沙子相手にしゃべり続けた。 

 「愛理も最近ね。オシャレに目覚めてきたみたいで」

 聞きながら梨沙子は、愛理にせっかく髪形を変えることにしたとメールをしても返事が返ってこなかったことを思い出した。そのせいで愛理に報告したこと自体忘れてしまっていたのだ。親友のはずの愛理が自分からのメールは無視して雅としょっちゅうメールのやり取りをしていたかと思うと、梨沙子は寂しいような腹が立つような両方の気持ちが入り混じった。

 「愛理も結構、私と趣味がかぶっててセンスも合うんだ」

 雅が楽しそうに言う。

 自分も雅と同じ趣味のファッションとか髪形とか知りたい。梨沙子は唇をかみ締めて思った。でもそれを素直に言えない。

 「なになに?ももが可愛いって話?」

 そこに桃子が突然二人の会話に割り込んできた。

 「違う。ボーノで誰かさんのおかげですっごい疲れきってるときに、愛理の笑顔を見るとほんっとに癒されるって話」

 雅が思いっきり抑揚をこめて言った。雅は桃子へのあてつけのつもりでそう言ったに違いない。なのに雅が言った「愛理」という名前だけが梨沙子の脳裏に妙に残る。今まで感じたことのない愛理への嫉妬の気持ちだった。

 「そっかあ。みや、やっぱももの笑顔で癒されてんだ」

 桃子があごに両手をもっていって甲高く甘い声で言った。

 「違う。愛理の笑顔ね。天使みたいな愛理の笑顔」

 雅が「愛理」を強調して言った。

 「まあ、ももの笑顔は気持ち悪いけどね」

 梨沙子がいつもどおり感情をこめずにストレートに言った。それを聞いて雅があははと笑う。

 「ちょっと梨沙子までそんなこと言わない」

 言われた言葉に反して桃子の顔は笑顔だった。桃子が会話には入ると梨沙子はもう愛理への感情とか何だかどうでもよくなってきて少しだけ気持ちが楽になる。

 「ももー、ディレクターさんがももだけ念入りな打ち合わせがあるって」

 茉麻が桃子を呼びに来た。今日は久しぶりのテレビ収録だった。桃子はバラエティにも多数出演がある。他のメンバーが曲紹介するだけの番組でも桃子だけ結構手の込んだ役回りをやることが多い。そのせいで桃子だけ特別な打ち合わせがあったり司会者との難しい掛け合いなんかも番組中にやっている。

 「これだから売れっ子は困るなあ。人気ありすぎてももち困る〜」

 桃子がわざと手足をばたつかせて言った。

 「単におもしろいからだけじゃないの?」

 雅が言った。

 「やっぱももはベリーズの可愛い担当だからなあ」

 桃子が雅の言葉を無視して言う。そしてこれみよがしに「可愛い」を強調してみせた。

 「はあ?桃はお笑い担当だからだよ」

 雅がいつもと同じ調子で返した。

 「桃は芸人さんじゃありませーん」

 桃はそう言いながら先に打ち合わせに向かった。桃がいなくなると、ふと空気の間に隙間ができたように静かで落ち着かなくなる。梨沙子はまたさっきの雅と愛理がいろんなファッションの話をしているということが気になり始めた。でもそれを確かめるには愛理に聞くほかない。愛理に聞くと雅への憧れの気持ちみたいなのが、愛理に分かってしまって恥ずかしいし、愛理へのアドバイスを雅にきくのもおかしい。愛理は気づくといつも自分と雅の間に割り込むように入ってくる。

 「ああ、そういえば」

 雅が思い出したように梨沙子の顔を見た。

 「愛理が最近、梨沙子と会えてないから寂しいって言ってたよ」

 雅が言った。

 「そう」

 梨沙子は短く反応した。確かに最近、愛理に会えてない。イベントの会場などでは一緒にはなっても、℃-uteとは楽屋が別だし会場でベリキュー対決のときはチームは別だし結局ほとんど話せなかった。会えないのでメールを梨沙子から送っても愛理は返信するのを忘れていたりする。もっともそれは今に始まったことではなく、昔から愛理はメールのやり取りなどはあまり几帳面ではないことは梨沙子もよく分かっていた。

 「最近、愛理と会ってないの?」

 雅が急に真面目な顔になって聞く。

 「そうでもないけど。なかなか予定合わないし」

 「そっか」

 雅が梨沙子をまじまじと見つめてきたので梨沙子は少し恥ずかしくなって視線をずらした。

 「梨沙子!これ元々梨沙子が送ってきた画像でしょ?」「梨沙子、うまいね。これ」

 そのとき、千奈美の携帯の画像の話題が一気に梨沙子のところまで波及してきた。





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