「怖かっただろうな」
流れる涙の中で私はそう思った。
ここで、このタイミングでBerryz工房の活動停止を聞かされるなんて思ってなかった。今はただBerryzのいない未来が私はひたすら怖い。
物心ついたときからグループでもいろんな問題や悩みを抱えながらステージの上に立ってきた。私にだって「鈴木愛理」としてファンの前に立つことが怖くてたまらない時期もさえあった。でもあの発表のとき、Berryz工房が感じた怖さは私が経験してきた怖さとはきっと比べ物にならない。それでも七人でずっと話し合って悩んで結論を出したんだ。そう思ったら止めどなく涙が流れてきて止まりそうもなかった。
Berryz工房の活動停止は、ハロコンのリハーサルの前に直接みんなから聞かされた。何でなんでと千聖や舞が聞いている間に舞美ちゃんはもう泣き崩れてた。きっとみんなの目を見てすぐに分かったのだと思う。この決定がもう決して覆ることがないこと。そしてこの結論にたどり着くまでにどんなにみんなで悩んで苦しんだのかということを。
だから私は何も言えなかった。
ライブのときの眩しい光。どよめく歓声。会場と歌とダンスと私達の一体感。私はファンの前で自分たちの未来を見せていると感じたことがある。Berryzのメンバーから報告を受けた後、胸の中でこんな怖い未来を抱えながら歌うことになるなんて思わなかった
ハロコンのステージに出るときは笑っていつもの自分に戻れた。歌い終わると舞台の袖に戻ってまた泣いた。舞美ちゃんはステージにいるときも休憩中もずっと泣きっぱなしだ。特になっきぃなんて目を赤く腫らしたままずっとぐずぐずと泣いている。幼い女の子に逆戻りしたみたいだ。
でもきっと中身は私も同じだ。
Berryz工房は自分のグループじゃないけど、私はどこかでBerryzの存在を自分のよりどころにしていた。
私が泣いてないのはきっと何一つ受け入れることが出来てないからだ。Berryz工房がもう当たり前に会えなくなるなんて、それがどういうことか自分でもよく分からなかった。Berryz工房がハロープロジェクトではなくなる未来を認めることなんてどうしても今の私には出来ない。
「Berryzのみんなが一人一人ちゃんと考えて決めたことなんだから。私達は応援してあげようよ」
舞美ちゃんがなっきぃにそう言っている。舞美ちゃんが泣いてるメンバーを励ましてるなんてもう何年ぶりに見るだろう。それぐらいもう自分たちは大人になっていると思っていた。
「そうだよね。そうなんだよね」
泣きながらそう言うなっきぃの言葉が胸に突き刺さる。
受け入れるしかないんだろうか。℃-uteの他のメンバーは泣いて悲しんでもがいて、そして受け入れようとしていた。誰もBerryzが活動停止するなんて認めないなんて言わないし言えない。そんなことは十分すぎるくらい分かっていた。でもいろんな気持ちを覆い隠しても私は、この気持ちだけは隠すことができない。
Berryz工房には活動停止してほしくない。
家に帰った後、正直な気持ちをブログに書いてスタッフさんに送った。結果、スタッフさんからもっと考えてあげたほうがいいと言われた。グループで悩んで苦しんで出した結論に対してただ反対してるだけ、はないんじゃないか。もっともな意見だと思う。天を仰いでため息をつく。見えるのは見慣れた自分の部屋の見慣れた模様の天井だけだ。このままじゃ何も変わらない。受け入れてBerryz工房の消滅が既定路線になって、お別れしていつか悩んで苦しんだこの時間さえも忘れてしまうんだろうか。別にBerryzのみんなが決めたことに反対したいとか、私の気持ちだってわかってほしいなんてこと考えてたわけじゃない。気持ちは今までのBerryzの一人一人が本当にかけがえのない存在で、その気持ちを伝えたいのに失うことへの恐怖心ばかりが私の感情を埋め尽くしてる。今、自分の心情を吐露したところで何の前進にもならないことはわかりきっていた。
時計の針は夜中の12時を回った。
℃-uteのメンバーで作ってるLINEは止まったままだ。みんな何も言わずにBerryzが決めたことを応援していくとブログを次々に更新していく。結局私も降参するようにようやくブログを送った。でもまだまだ白旗じゃない。あのとき、2004年に私達より先にBerryz工房がかけた魔法はきっとまだとけてないのだ。
きっと私にも出来ることはある。真夜中に私はそう誓った。
一週間たってまたハロコンのステージに立って私は輝かな光を浴びる。この光そのままに生きていけたらいいのにとライブをするたび私は何度も思う。
「うちらは自分たちなりに全力で歌、やるしかないよね」
やじはそう言ってくれるけどまだ私の心は悶々としていた。一週間前はあれだけ泣いてたのに舞美ちゃんはダンスも歌も、もう完全に元通りに戻っていた。たくさん泣いてたくさん笑って、やじは本当に天使みたいだ。きっと心が透明な水みたいで何の混じりっけもないのだ。それに比べて私の心はざらついて自分が何をすべきかが分からない。
その日、私の不安はさらに大きなものになってふりかかってきた。
Buono!も活動停止になるかもしれないからその件でミーティングに出てくれとマネージャーさんに言われた。ショックだった。Berryzとのスケジュールの兼ね合いもあるからBerryz工房のスタッフさんとも共同の話し合いになるみたいだった。落ち込んでた私の気持ちはますます落ちた。
「みやも桃も続けるのダメなのかな。愛理何か聞いてないの?」
メンバーに相談したら逆に舞にそう聞かれた。
「聞いてないし。聞くのが怖い」
私は言った。喧嘩も何もしてないのに解散するかしないかでBuono!の三人で険悪な空気になるなんて絶対経験したくない。
「そうだよね」
そう言って全員うつむく。℃-uteのメンバーはそうでなくても重傷だから私を慰めようとしてもその力なんて残ってない。見てる私の方が可哀想になった。だからせめて私だけでそのことはおさめようと思った。℃-uteには迷惑をかけられない。
でもみんな口には出さなかったけど同じ思いに違いなかった。
私達の大切なものがどんどん去っていってしまう。
仲間を失う喪失感はもう何度も味わった。めぐのときも栞菜のときもえりのときもとにかく不安で悲しくて戻ってきてほしくてしょうがなかった。舞波以来、ずっとメンバーが変わらないBerryzがうらやましくてしょうがない時期もあった。でも今度はBerryzまでいなくなってしまう。かけがえのない仲間としてずっとライバルとして隣にいてくれたBerryz工房を失うことは℃-uteにとってずっと一緒にいた恋人がいなくなってしまうことに似ていた。そして今度はBuono!まで失うことになるのかと思うと耐えられなかった。
「でも愛理がBerryzの会議に出てくれたら安心だな」
その時、舞美ちゃんが口を開いた。
「ほら。だって他のグループのことだから見守って応援するしか出来なかったじゃん。今度は愛理は当事者なんだから堂々と自分の意見言っていいんだよ」
−当事者
Buono!は私のグループなんだって当たり前のことなのにそのとき初めて気づいた。
「舞美ちゃん、そんなこと言っても愛理もショック大きいだろうし」
なっきぃが心配そうに私の顔を見つめて言う。
「あー。何とかして愛理の力になれないかな」
千聖もそう言ってくれる。
でもここでメンバーに甘えちゃいけないと思った。やじの言うとおり私はBuono!のメンバーだ。みんなの気持ちはありがたかったけどまだ私は今回の件で何も出来ていない。きっと既定路線のBuono!解散をひっくり返すことなんてできないのだろう。でも私はそれを見届けなきゃいけないと思った。
私は最後のBuono!ライブであるPIZZA-LAのBuono!デリバリーライブの時のことを思い出していた。その一年前からBuono!で映画に出て王様ゲームでもコラボコンサートでもBerryzと一緒になって私達はどんどん仲良くなっていた。みやが三人が結成当初、距離がものすごくあってユニットとしてちゃんとやっているけるか心配だったと今じゃ笑い話のように語ってくれた。それぐらい私達の気持ちは団結していた。あれから二年経ってこんなことになるなんて信じられなかった。心は諦めに近いところまで傾いた。
雑誌の撮影やインタビューがあって、会社であったミーティングにはぎりぎりの時間になっていた。
どたばたと足音を響かせながらノックして部屋に入るとBerryzのメンバーやスタッフさんがすでに勢ぞろいしていた。いつものBerryzじゃない緊張した雰囲気に包まれている。
「すいません」
小さな声で私は言うと一番端っこにある空いている席に私は座った。みんな張り詰めた表情をしていてそれが私の心臓に伝わってくるようできりきりと痛い。隣に座っている桃が私を見てわずかに笑ってくれたのが唯一の救いだった。
会議はすでに始まっていてBerryzのマネージャーさんが、来春の春公演までのスケジュールを説明している。スタッフさんも活動停止までの花道を作ろうと必死なんだろう。私もそれに出来るだけ協力したいと思う。でも幼馴染みたいだったBerryzが遠く離れていってしまうようで胸が傷んだ。
それにしてもなぜBuono!の会議がBerryzと一緒なのだろう。これじゃ私はますます萎縮するばかりだった。
「秋のツアーが終わって、新曲のリリースも予定してます」
前にあるホワイトボードにはBerryzの予定がぎっしり入ってる。本当にBerryz工房は卒業までは休みなしに突っ走る。まるで最後の命をぎりぎりまで燃え上がらせるみたいだ。私はそんな話はあまり聞きたくなかった。どうせなら残された時間をまた一緒にイベントをしたり歌を歌って楽しみたい。時間に限りがあるのならなおさらそう思う。
「活動停止後の各メンバーのスケジュールはまだ未定のことが多くて・・・」
当然ながら時系列で書かれているBerryzの活動予定は、来春以降は真っ白だ。みんな何をするつもりなんだろう。桃は今でもテレビの仕事が多いしそれを続けていくんだと思う。でも他のメンバーについては全く何も聞いてない。
「で、このスケジュールでいくとBuono!のあてる時間は全然とれない」
ふっとスタッフを含めみんなの視線が私に集まった気がした。Berryzの会議にBuono!も入っている理由が私にもやっと分かった。Buono!の卒業公演をやろうにもイベントをしようにもBerryzの日程で完全に埋まっていて物理的に何をするのも不可能なのだ。
「夏焼と嗣永はBerryzの活動に専念したほうがいいと思うし」
Berryzのチーフマネージャーがダメ押しのようにそう言った。Buono!を続けたいと思ってもそれがBerryzとファンの人の邪魔になっちゃいけない。でも簡単に諦めることがどうしても正しい選択だとは思えない。私の頭の中はぐるぐると回った。結論の出ないループする思考回路。
きっとBerryzの中では何度も話し合って結論は出ているんだと感じた。
「Buono!は解散ライブをやると言っても時間もとれないし、自然消滅させるしかないと思う」
スタッフさんの声が虚しく響いた。みやや桃や梨沙子が私を見て申し訳なさそうにしてる姿が納得できない。
いや納得できないわけじゃない。Berryzのメンバーだって一生懸命悩んで話し合って出した結論だ。そして活動停止するその瞬間までBerryz工房として輝いていたいんだと思う。全部、全てが納得できることだから逆に何一つ受け入れられなかった。
「私はBuono!を続けていきたいです」
気がついたら立ち上がって言っていた。
「私はBuono!の解散にも自然消滅にも反対です」
最初は言ってしまったと思ったけど言い終わったら意外とすっきりした。全員見渡しても誰も何も言わなかった。
本当のことを言うとさらにBerryzに活動停止してほしくないと言いたかった。自己中心的だと思う。何も考えてないと思う。それでもいいかと思った。ここで、この場では自分以外に誰もそんなことを言う人がいないのだ。
「鈴木の気持ちは分かるけど難しいと思う。それにBerryz工房にはあまり時間がないんだ」
スタッフさんが仲裁に出てくれる。みやも桃も何も言わない。きっとBerryz全体のことも考えると何も言えないのだと思った。ただでさえ緊張で張り詰めそうな雰囲気が私のせいでさらに気まずい空気が加わる。私はBerryzのメンバーの一人一人に「ごめんね」と言って回りたかった。決してBerryzの邪魔をしたいわけじゃない。でもBerryzが一生懸命考えて出した結論なら私だって嘘はつけない。
「あのね。愛理、みやと桃の今後の活動もどうなるかわからないし、難しいんだ」
キャプテンが私を優しく諭すように言う。分かってる。そんなことは100%分かっていた。
「Berryzのメンバーには今はBerryz工房であることに集中させてほしい」
Berryzのマネージャーさんが真剣な目で私を見る。その通りだと思う。私は自分の意見をゴリ押ししたいわけじゃない。誰かを説得したいわけでもない。
立ち上がったまま今度は私が何も言えなくなる。
「でもさ。うちらの決めたことで愛理に迷惑かけられないよね」
しばらく続いた沈黙の後で茉麻がそう言ってくれた。
「迷惑とか。そんなんじゃないよ」
私は必死にそう言った。ただ自分の気持ちを正直に言わなきゃいけないと思った。でもそのとき梨沙子の顔を見て私は自分が言ったことを心底後悔した。梨沙子はうつむいて目に涙をいっぱいに浮かべてた。
「梨沙子、大丈夫」
みやが気づいて梨沙子に駆け寄る。
「ごめんなさい。私」
言いかけて止まる。
梨沙子がどんな気持ちでいるのか私には分からない。でも私が何も言わなきゃ梨沙子が傷つくこともなかったのかもしれない。そう思うとやりきれない。
「とりあえず今日はこのへんで終わり。みんな移動まで時間ないから」
マネージャーさんの声が響く。為すすべもなく会議は終わる。みんなが逃げるように移動し始める。私は唇を噛み締めたまま、黙ってその様子を見ていた。
「ごめんね。愛理。愛理のせいじゃないから」
みやがそう言って軽く肩を叩いてくれた。いろんな思いがたくさん胸に詰まりすぎていて何一つ出てこない。
「愛理、いつか話せる時がきたらちゃんと話すから」
みやが申し訳なさそうに言う。みやに腹が立ったわけじゃ絶対にない。でも私には子供がいつか大人になったら分かるって言われてるような気がした。私一人だけがまだ子供でBerryz工房はみんな大人になってしまったみたいだ。私もみやが言うことをいつか受け止められる時がくるんだろうか。そうしたら馬鹿みたいに意地になって大切な人を傷つけることもないのかもしれない。
家に帰って梨沙子の涙を思い出したら自分まで涙が流れてきて止まらない。苦しい。梨沙子を追い詰めてしまった自分を責める。だからってどうしたほうがいいのかも分からない。全部受け入れてみやと桃にBuono!のこともまかせて作り笑いを浮かべていたほうが良かったのかもしれない。笑顔を見せることがアイドルの最低限の仕事なんだとしたら私にはその最低限の仕事さえ出来ていない。
私は一晩中めそめそと泣き続けた。泣いても泣いても涙が溢れてくる。悔しくて悲しくて仕方なかった。
Buono!のことで迷惑をかけたくなかった私は出来るだけ℃-uteのメンバーには秘密にしておきたかった。でも腫れぼったい目のせいで℃-uteメンバーに会った瞬間にすぐに何があったのか分かってしまったみたいだ。そして気持ちを隠しておけるほどそんな余裕が今の私にはなかった。
私は自分がしてしまったことを恐る恐るみんなに話した。私が何も何も言わなかったらあんなことにならなかった。そう言ったところで私の後悔は変わらない。
「そっか。でも愛理よくそこまで言えたよね」
やじは私の話を聞くと感心したようにそう言ってくれた。そしてよく頑張ったとでも言うように私の頭を撫でた。
「愛理はすごいと思うよ」
「普通そこまで言えないし」
千聖と舞もそう言った。
自分の勘違いかもしれなけど褒められたような気がして意外だった。私は自分の言ってしまったことへの後悔でいっぱいになっていた。何か自分はとんでもなことをしてしまったのかもしれないと思っていた。それがゆっくりとまるで絡まった糸がほぐれるように私の中の何かを解放する。
突然私の心の中でBuono!と℃-uteの歌が同時に
音楽のリズムになって怒涛のように波打つ。 Buono!の音は激しい高低のギターが奏でる音に歌声を合わせていく。℃-uteは細かい音の一つ一つまで緻密に丁寧にみんなで作り上げたダンスと歌の結晶だ。
「私さ。Buono!も℃-uteも続けていくのに何の問題もない。今も。これからもずっと。だからやめるなんて死んでも言えない」
会議で言えなかったことを℃-uteのみんなにぶつけてもどうしようもない。でもこれだけは言っておきたかった。
「だってさ。まだまだ歌えるんだもん。私」
私はまるで宣言するようん言ってしまった。やりたいけれど出来ないことはあると思う。特にこの業界なんて自分の希望なんてほとんど聞き入れてくれないのが当たり前なのかもしれない。でも、出来るのに出来ないって私は絶対言いたくない。完璧じゃないかもしれない。でも私は自分が出来ると思うならBuono!も℃-uteも意地でも続けていきたかった。
「良かった。愛理がいてくれて」
そのときなっきぃがぽつりと言った。
「そうだよね」
舞美ちゃんがにこりと笑う。
「Berryzのみんなのこと大好きだし、みんなが決めたことだから応援するしかない。でもBerryzやBuono!の歌やライブもすごく好きだしずっと続いて欲しい。今まで誰もそれを言えなかったからさ」
舞美ちゃん言葉に私は何だかほっとした。それは自分と全く同じ気持ちだった。
「今まで0対7だったけど、愛理がいてくれるからやっと1対7」
舞美ちゃんの言葉はBerryzの活動停止に対する悔しさみたいなものが全部含まれているように感じた。
「℃-uteみんなでさ。愛理のBuono!応援していこうよ」
千聖がそう言ってくれる。
全ての事情を知った上で話すことが出来る仲間がいることがこんなに有難いと思ったことはなかった。今までは℃-uteでの悩みを梨沙子やみやや桃に相談してきたのに今回は全くの逆だった。
舞がさっとみんなの中心に手を差し出した。
ライブの前の気合い入れみたいにみんなが手を出してくれる。私も遠慮がちに手を重ねた。
「これで5対7」
舞がとびきり可愛い顔で言う。
「別に数で勝負してるわけじゃないけどさ。うちらは愛理のことを応援する」
笑顔でなっきぃが言う。さっきの半べそ状態はどっかに飛んでいってしまったみたいだ。私にだってまだ何か出来るかもしれない。℃-uteのみんなの力強い笑顔を見ているとそう思えた。
カンカン照りの太陽が雲に隠れたと思ったら、すでに雷が鳴り響いている。あたりがすっかり暗くなって、続いてやってきたのは猛烈な雨だった。ビルの窓から見ると灰色の雨粒が突き刺さるようにして地面に吸い込まれていく。熱を溜め込むだけ溜め込んで暴れ狂っていた都会のアスファルトは冷たい水滴にいなされ大人しくなっていく。猛々しい熱気は急速に衰えていった。
私は窓から視線をホワイトボードに移した。再び始まったBerryzとBuono!の合同会議に私は出ていた。前回のときとは違って私の心境はだいぶ落ち着いている。決まったことは淡々と受け入れるしかないしこれからのことに全力を尽くせばよい。
Berryzのマネージャーさんがボードに「SSA」の文字を書く。「SSA」とはさいたまスーパーアリーナのことだ
「最終的にはさいたまスーパーアリーナでのライブをすることを目標に今いろんなスケジュールを組んでます」
さいたまスーパーアリーナでライブをやる。例え活動停止が決まっても、Berryzのメンバーも目標が決まってみんなやる気が漲っているように感じた。
「というわけだからBuono!のライブをやるのは正直難しい。活動停止後の活動はまだ未定でBuono!の予定をいれるわけにもいかない」
ついにBerryzのチーフマネージャーが私を見て言った。
BerryzがSSAでライブをやったとき、当時の最年少記録を打ち立てた。私達℃-uteはもう絶対にBerryzには追いつけないかもしれないと思った。だから私達は限界なんてないぐらいに頑張れた。それをもう一度Berryzがやろうとしてるなら全力で応援しなきゃと思う。でも最高の応援は、℃-uteもさいたまでライブをやることだしBuono!でも武道館を達成することだ。全てがまだ途中のままだった。それが今私の一言にかかっているんだとしたら、一歩もひくわけにはいかなかった。
「私はBuono!のライブをまたやりたいんです」
自分でも空気読んだらと思う。大の大人になってこんなわがまま言うのはこれが最後かもしれない。でも℃-uteのみんなが応援してくれて、Buono!のファンの人もきっと待っていてくれる。その思いが私を突き動かした。
「それに。さいたまがあるなら、次もっと大きなところ目指せばいいし。私はBerryz工房をもっと見ていたいです」
会議室はしんと静まりかえった。この孤立感。笑い事じゃない。こんな空気「SHOCK!事件」以来かもしれないと思った。でもあのときとは違う。今私はあえて、孤立を選んでる。誰も「鈴木愛理」がこんなに扱いづらい人間だったなんて思わなかったかもしれない。みんな、きっと私にあきれてる。でもそれでもいいと思った。
「私は愛理の意見に賛成だな。どっちかって言うと私はBerryzの活動停止反対だったし。Buono!も歌いたい」
桃が口を開いた。桃の顔は無表情で逆に感情も抑揚もない。それが強い意志を感じさせる。
「ちょっと。桃」
キャプテンが桃を制止するように言った。私に集まっていた視線が今度は桃に集まる。
「桃」
みやはキャプテンよりもだいぶ弱々しくまるでつぶやくように言った。
きっとみんなで決めたことはこれ以上何も言わないと決めていたんだと思う。
私は希望がまだあるかもしれないと思うのと同時に、また自分は本当にまずいことをしたかもしれないと思った。Berryzに亀裂をいれることなんて絶対に本意じゃない。私は無意識にみやを見た。みやはこみ上げてくる感情を必死に抑えているように見えた。桃もみやもBuono!でお姉ちゃんみたいに優しくしてくれた。こんな自分勝手なことばっかり言ってる私をどう思ってるんだろう。申し訳ない気持ちとマイナスな予想しか出来ない自分がいた。
気がつくとみやは泣いていた。私への批判なんて一切考えずにひたすら自分の中で沸き起こる感情と戦ってる。私は何も話しかけることが出来なかった。
ずっと心が痛んでる。
誰かの思いを受け止めることさえ私は出来ないのかもしれない。
誰かの思いを受け取ることが出来ないんだったら私は人間としても歌手としても失格だ。
限界まで、ぎりぎりまで自分を犠牲にしたい。
そして誰かのためになりたいと私は強く思う。
思っているのに。
そのとき携帯が鳴り出した。
「梨沙子?」
私の心の内を読んでいるかのように梨沙子から電話がかかってきた。
「あ、いり?」
まるでささやくような可愛い声は小学生のときから何も変わってない。
「あたし、うまく言えないけど愛理のこと応援してる。今までもこれからもずっと応援してるんだからね」
梨沙子の声も思いもはっきり私は受け取った。
ありがとう。
ありがとうね。梨沙子。
私は携帯に向かってそればっかり言っていた。
「せーの!」
「℃-ute!」
私は一番大きな声を出した。舞美、早貴、愛理、千聖、舞。
五人そろって〜。
舞美ちゃんの目を見た。黒目がちの大きな瞳が私に力を与える。
はじけるぞーい。
私達はハロコンのステージに飛び出した。みやも桃も梨沙子も、Berryzのみんな私の歌を聞いて欲しい。それは決して自惚れなんかじゃなくて、心の底からそう思うのだ。ハロープロジェクトのファンのみんな全員、℃-uteの歌を聞いたらいい。そこには私が言いたくても言えない伝えきれないことが詰まってる。
ライブで音楽の力が爆発する。言葉が音楽になって、それは原初の言葉を聴いてるみたいで心地いい。
言葉は言霊なんて言うけど、結局人を勇気づけたり元気にしたりするのは今の私じゃ難しい。私はそんなに説得力をもってないし結局自分の考えの押し付けになってしまう。言葉はずっと昔、意味なんてもってなくてただ鼻歌みたいなメロディーだったんじゃないかと私は思う。
それが今、言葉が意味を失って強い思いだけがメロディに乗って流れていく。
どんなに可能性が少なくても、どんなに「もう」決まったことでも私は何かを伝えるために歌いたいと思う。「小さな果実」だったBerryzのメンバーがかけた歌の魔法はきっとまだとけてない。私が言いたいのはきっとそれだけのことなんだろうと思う。
私は歌い続けた。時には激しく、時にはゆったりと音楽の波の中に体を委ねていく。もはや発声するんじゃなくて体全体でたった一つの音を表現するのだ。
言葉で伝えられないなら歌えばいい。私の中にいる歌の神様がそう言ってくれているような気がした。
ライブが終わって再び私は言葉の現実の世界に戻った。でも歌い終わるとその世界が少しだけ変わる。伝えきれなかった言葉が窮屈な私の体をやっと飛び出すことができたからかもしれない。
会議のことで悩んでて、楽屋に戻って始めて普通の気持ちに戻ってメンバーを見れた。
「良かった。愛理が大丈夫で」
舞美ちゃんがにこにこして私を見た。
「え?」
「BerryzやBuono!のことで悩んでるんじゃなかって心配してたけど。歌ってる時の愛理すごく輝いてた」
やじのほうがきらきらした目で私を見つめるからかえって私の方がどぎまぎした。
「私はみんなに迷惑かけてななら別に」
「愛理、すごかったね」
そう言ってくれるメンバーに感謝しつつ、私はふと携帯が光っていることに気付く。
みやからメールだった。
「愛理、うちもBuono!続けたいって思ってる」
短くそう書かれていた。きっとライブの合間に送ってくれたのだと思う。でもそれだけで、みやの一言だけで十分私は戦える。
やったー!
私は思わず携帯を手に持ってバンザイした。
私は会議で必死に自分の意見を言ったことをメンバーに話した。千聖も舞も私を褒めてくれた。でも逆に心配もされた。
「まさかの愛理がこんな問題児だったなんて。誰も気づいてなかっただろうね」
なっきぃがからからと笑って言う。
「優等生アイドルの愛理がクビにならなきゃいいけど」
千聖までそう言い出した。
「そうかな。やっぱまずいのかな」
私は単純にBerryz工房もBuono!もこれまでと同じようにあればいいと思う。ただそれだけだし、それで十分なのだ。駄々をこねてる自覚はあったけど会社をクビになる自覚はなかった。
「だってさすがにまずいでしょ。一応会社の方針だってあるんだからね」
舞が分かったように言う。舞は言い返されるのを分かっててそう言ってくれるのが可愛い。本当は純情で素直なくせに生意気な妹を演じるのが本当に上手い。
「そんなの。いつだってひっくり返せる」
私はわざとむきになって言う。
「そうだね。いつでもひっくり返せるんだったら、そのときでも遅くないね」
やじが私を意味ありげに見ている。
「今はとにかく愛理を守らなきゃって思う。そう思うの確か前に一度あったなあ」
千聖が言った。一度目はきっと「SHOCK!事件」のとき。あのとき千聖は確かに自分勝手だった私に批判的だった。でも言われない中傷から私を守ってくれようとした。荒れていた舞も何とか℃-uteにとどまってくれる決断をしてくれた。舞美ちゃんは何があってもずっと私の味方をしてくれたし、なっきぃは私と他のメンバーを行き来して必死になってとりもってくれた。あのときのことは、ただの傷口だけじゃなくて私達の絆を確認するいい機会になった。でも今回は違う。
私の「戦い」は今、始まったばかりだし、まだこれからも続く。私がライブで歌えるということがその何よりの証明なのだ。私は両手に力を込めた。
「桃、いいけど何で?」
そのとき廊下からみやの声が聞こえてきてはっとなった。
「もう一回、気合いいれやるの?」
「いいからいいから」
いつもと全く変わらないBerryzの話し声が聞こえる。会議で私が言った影響なんてBerryz工房には何も関係ないみたいだ。気合と闘志で張り詰めていた私の心は一気に力の抜けた安心感に包まれる。
「Berryz工房、いくべー!」
そして一際大きな掛け声が喧騒の中、℃-uteの楽屋まで届いてきていた。